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兵庫県高砂市高砂町
江戸時代の町割り
町屋、社寺、明治から昭和の建築物が建ちならぶ
北前船も寄港した港町
「松右衛門帆」で現代に名を遺す工楽松右衛門

玉岡かおる著
「帆神」~北前船を馳せた男 工楽松右衛門~
2022.04 第41回新田次郎文学賞 受賞
2022.11 第16回船橋聖一文学賞 受賞
豪胆な船乗りで、時代を先取りする海商。
そして北前船の帆の改良で、江戸時代に革命をもたらした快男児。
そんな彼を慈しみ育んだ、四人の女たち___。



初代工楽松右衛門は1743年に高砂町東宮町に生まれました。若くして今の神戸市に出て船乗りになり、御影屋を名乗って海運業で成功を収めました。その後、帆布(船の帆)に大改良を加えて船の性能を飛躍的に高め、「松右衛門帆」としてその名を残しました。
司馬遼太郎の歴史小説「菜の花の沖」にも登場する松右衛門は、その後も幕府や藩に乞われて全国の港の改修に力を注ぎました。
・工楽松右衛門と工楽家
高砂神社の工楽松右衛門像

松右衛門が関わった日本各地の港
初代松右衛門は択捉島の港の難工事を成し遂げた功績により、幕府から「工楽」の姓を与えられ帯刀が許されました。彼が工夫、発明した数々の工事専用船でその後も箱館や鞆の津を始め、全国各地の港を改修しました。

松右衛門が発明した工事船「杭打船」
(大蔵永常 農具便利論より)
・工夫を楽しむ松右衛門
2代目松右衛門以降も、地元高砂の港を改修し新田を開発するなど、初代の遺志を継いで事業を行いました。
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